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イントロダクション


コンガを近所の家のバックヤードで演奏したのがプロのミュージシャンとしての道を歩くきっかけだった。コンガプレイヤーとしては本物ではなかったけれど、いつもコンガを叩いていたのも事実。というのも父が昔コンガを演奏していたので、いつも家でコンガを触る機会があったんだ。もちろん今でも父の家にはコンガがある。

それからは、ライセンスを取得せずに非合法に開店しているナイトクラブでギグをたくさんやった。例えば親友でベースプレイヤーのビリー・グラントと自分はハーレムのクラブで朝の2時ごろまで演奏したとする。その後、車でブロンクスまで行って朝の8時、9時までパーティは続き、ガンガン演奏をするんだ。

そういうクラブは合法的に営業しているどのクラブよりもセキュリティがガッチリしていている。本物の筋金入りのギャング達が常連な訳だし、いつも何かが起こっても不思議ではなかったから。そのセキュリティを通りぬけクラブに入ると、必ずと言って良いほどすごくワイルドなことが繰り広げられていた。それが意味すること・・どこをさがしても見つけられない、とびきり極上のパーティーの証拠だった。
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AL B SURE

Bobby Brwonがいたグループ 、New Edition とAL B. SUREのツアーにALのメンバーとして7ヶ月のツアーを消化した後、今度はALだけでもう一月ツアーを続けるのだが、この頃は同時にR&BグループEn Toucheの Brenda K Starr の仕事もしている時だった。New Editonと のツアーは一本が3時間もある長くエキサイティングなステージだった。仲間内では「絶叫ツアー」と呼んでいた。ステージで聞くと客席の女性客からは悲鳴ともしかいえないような歓声しか聞こえてこなかったからだ。Al もBobbyもNew Editionもその頃はすごく女性に人気のあるアーティストだったし、それに加えて必ずR&Bのトップ20にチャートされていた。 ウインドウを閉じて戻る













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LENNY KRAVITZ

Bobby BrownのドラマーをやっていたZoroから電話が入る。彼はNYで既に、Lennyのファーストツアー "Let Love Rule"への参加が決定していて、もし良いシンガーがいればと尋ねられたのだと言う。オーディションには出来る限りの人を誘い出かけた。Lennyの意向でなるべくシンプルなスタイルのシンガーをと言うことだった。彼の曲のほとんどは、ビブラートをかけないテクニックのバックグラウンドボーカルが主体だった。シンガー達はそういったテクニックを持っていたのが、Lennyはなかなか納得の良くシンガーを見つけられなかったのだが、自分が最終的にLennyから選ばれた一人目のボーカリストだった!Zoro がその後語ってくれたのが、僕が歌えることにとてもビックリしたこと。New Editionツアーでキーボーディストとしてしか知らなかった彼は、最初はオーディショナー集めのためだけに連絡してきたそうだ。

その後、自分を含め3人のシンガーがLenny のツアーに参加することになった。そのうちの一人、 Angie Stone は男性だけの予定の中、Lennyにその声を気に入られ予定を覆して、女性ボーカルとして参加することになった。


ファーストアルバムが出たばかりの Lenny だが、この頃の彼は女優のLisa Bonetと結婚したばかりで、NYの
Bottom Lineでのライブで彼女はオーディエンスの一人一人に花を手渡した。これから始まるライブを盛り上げる演出で、この時Lennyは60年代を感じさせる曲が多かった。ウインドウを閉じて戻る











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小比類巻かほる


70’から80'のソウル、R&Bの影響を強く受けた音楽で、観衆を終始躍らせるようなエネルギーが溢れ出るKohhyのステージで、繰り広げられるバックビートやホーンのアレンジメントにはその時代を彷彿とさせるものが多い。

福岡で開催された「福岡ミュージックフェスティバル'93」では、世界中から名だたるアーティストが集まった。レジェンドともいえる
The Grateful Dead はその中でも人気があり、80,000席用意された巨
大な福岡ドームの室内の座席は熱狂と共に埋め尽された。こんなに多くの観衆を目の前にパフォーマンスしたのは5年前の New Edition のツアー以来だった。

Kohhy は地球上にいるアーティストのうちでも数少ない、「ライブ」にこだわり「ライブ」をこよなく愛するアーティスト。彼女は自身で作詞、作曲、プロデュースとオールマイティにこなす。みんなが耳にする彼女の音楽はまさしく「生きている」。打ち込みなどに頼らない、バンドが本当に演奏している「生きた音楽」。彼女と仕事をするのは本当に楽しいし、彼女が自分にとって1番近い友人の一人であることも喜ばしいに尽きる。
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CHARA

デビューして間もないCharaと初めて仕事をしたのは'92のことだった。バックグラウンドボーカルとして、彼女の初のライブだった。それから時折、リハーサルスタジオや誰かのバックステージなどで顔を合わせていた。そして、'97には彼女のツアーに参加することになった。

彼女の周りのスタッフもとても素晴らしい人々で、Charaと仕事をする時はいつも、スムースで心地の良い時間でいられる、そんな自然体でいきる彼女ならではの仕業。リハーサルのときもバックステージでも、主役であるがためのエゴなど微塵も感じさせることもなく、本当にバンドのメンバーとして一緒に仕事をしている感じ。

Chara は素晴らしいアーティストの一人として成長を続けている。彼女は心から音楽を愛して、その気持ちがオーディエンスに伝わり、それがオーディエンスから愛として彼女に返って来るんだ。ウインドウを閉じて戻る











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COCO LEE

アカデミー賞を受賞した映画「グリーンディスティニー」の主題歌を歌った Cocoのツアーの話が来たのは、彼女の歌ったディズニー映画「MULAN」の主題歌がヒットしているときだった。親友でサックス奏者の Winky はもう何年も香港に住んでいて、この時にはCocoのアジアツアーの仕事が決まっていた。彼が香港からバックグラウンドシンガーのアレンジメントを依頼するために電話をしてきた。

彼女のバックグラウンドボーカルとしての仕事は文字通りチャレンジだった。なぜかというと、半分以上の歌詞が北京語と広東語だったから、発音とリズムを正しく当てはめるという事は、いつもとは違った「何か」だった!ドレスリハーサルは朝から夜7時まで掛かって、この間の暑さはひどかった。暑さで倒れるダンサーもいて、陽の当たる時間を計算してスケジュールを変えなければならないほどだった。正午前後の太陽の照りつけは半端ではなかったんだ。

その紆余曲折を経て、ライブはとても素晴らしいものになった。2万人の観衆は歓声を上げながらライブを満喫していた姿はとても感動的だった。Cocoは約2時間のステージを休む間もなくダンサーらに劣らないダンスで踊り続けた。その間も驚くことに彼女は息を切らすこともなく歌う。ステージにいた誰もが彼女のパワーと才能にただ、ただ驚かせられるだけ!国際的に活躍できるアーティストとしての貫禄を十分に感じさせられた。
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マンデイ満ちる

マンデイと初めて会ったとき、彼女はその頃の仕事仲間でプロデューサーだった大沢新一氏と一緒だった。それから僕はマンデイとライブやスタジオで数々の仕事をして、長い時間を経て僕達は素晴らしい友人関係を築いていった。マンデイとシンイチは素晴らしい音楽を創り上げていった事実からいうと、この二人はアーティストとして実に幸運なめぐり合わせをしていた。MONDO GROSSO のステージやスタジオで、二人の創造力をすごく実感して、それはまさに自分にとっても刺激的とも言える仕事をしたことになった。 ウインドウを閉じて戻る















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BUST-A-MOVE

ダンスバトルゲームのキャラクターの個性をそれぞれ活かした歌詞を考えるのはとても面白い仕事だった。キャラクターのデザイナーがイメージするような内容でなければならないしね。このゲームはキャラクターを選んでその曲に合わせてダンスをコントロールするものだった。与えられたキャラクターのプロフィールやいくつかのキーワードを織りこんで、メロディにもあてはめなければならない。そのうちのキャラクターの名前は「HIRO」といって、映画「サタデー・ナイト・フィーバー」から飛び出てきたようなダンサーだった。彼は自分が女性にモテるプレイボーイという設定だった。キーワードはゴールドリング、葉巻、プレイボーイで、歌詞はこういう風になった。

"葉巻をふかして、まるでスターみたいな俺様,
ひとり残らずそこいらの女たちに俺の名前は知られているよ
そうさ、俺のこの金ぴかのゴールドの指輪ひとつだってみんな欲しがるさ
誰だって俺様みたいになりたいと思っている…"

プロデューサーからもHIROのキャラクターを完璧に盛り込んだことで絶賛を受けた。とても満足の行く仕事だったよ。

とても嬉しかった出来事で、ある日カリフォルニアにある大学生のNurikoからメールが届いた。内容は インターネットの検索で引っかかったらしく、「Bust-A-Move のサウンドトラックで歌っている人と同一人物のKALEB JAMESか?」、というものだったのですぐに返事をした。すると彼女から再び送られてきたメールには、彼女と友達はそのゲームの大ファンで、それに関するホームページも開設したばかりということだった。彼女はとにかくこのゲームが大好きで、その理由の一つにはサウンドトラックだということ。そのページをチェックしたがいくつかの間違いがあったのでそれを伝えると、彼女は逆にいくつかの質問をしてきた。そんなやりとりがあって、彼女のホームページはついに完成して 、そこには "Special thanks to Kaleb James for helping out" という文章もあるんだ。自分の関わった仕事が世界の人に楽しんでもらえる、そんなことがあると実に素晴らしい気持ちになれる。
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